ベテランの壁――“経験”が“惰性”に変わる瞬間

教員としてのキャリアが長くなるほど、「昔はもっと情熱的だった」「最近は惰性で動いている気がする」と感じることはありませんか。
かつての失敗や成功体験が、いつの間にか“守り”に変わり、挑戦へのブレーキになることがあります。

わたしも現場で20年近く過ごす中で、そんな時期を何度も経験しました。

この記事では、心理学の視点から「経験」が「惰性」に変わるメカニズムをひもとき、そこから再び“学び続けるベテラン”へと歩み出すためのヒントをお伝えします。

年齢や立場に関係なく、教師としての情熱を取り戻すきっかけになれば幸いです。

1.Point:経験が惰性に変わるとき、教師の「学び」は止まる

経験は本来、教師を支える大切な資源です。

しかし、その経験が「自分のやり方が正しい」「今さら変えても仕方ない」といった固定観念を生み出すと、学びが止まってしまいます。

“ベテランの壁”とは、スキルの不足ではなく、心の柔軟性を失うこと
つまり、「経験の質を更新できるかどうか」が、ベテラン期を充実して過ごせるかどうかの分かれ道です。

経験を守るのではなく、磨き直す――そこにこそ、教師としての真価が問われます。

2.Reason:経験が「惰性」に変わる心理的メカニズム

長く教師を続けていると、意識せずに「安定志向」と「自己防衛」が強まっていきます。
心理学的には、これは“コンフォートゾーン(安心領域)”にとどまりたいという自然な心の反応です。
では、なぜその反応が“壁”になってしまうのでしょうか。

まず、成功体験の固定化です。
かつてうまくいった授業方法や指導法が、今の子どもたちには通じないことが増えます。
そのとき、「自分のやり方は間違っていない」というプライドが、改善の機会を奪ってしまうのです。
心理学ではこれを「確証バイアス」と呼びます。自分の信じたい情報だけを集めてしまう傾向です。

次に、失敗回避の心理です。
ベテランほど、「失敗してはいけない」「恥をかけない」と感じるようになります。
若いころのように挑戦できないのは、能力の問題ではなく“立場の重み”が増しているからです。
それが新しいことへのブレーキになります。

そして、もう一つは承認の変化です。
若手のころは「褒められる」「期待される」ことがモチベーションでした。
しかし、ベテランになると周囲からの評価が変わります。
もはや「認められる側」ではなく「支える側」としての役割が求められる。
このギャップが、やりがいの低下につながります。

この3つ――成功体験・失敗回避・承認の変化――が絡み合うと、「自分らしい指導」が形骸化し、経験が惰性に変わってしまうのです。

3.Example:経験を「育てる力」に変える3つの実践

では、どうすれば経験を再び成長の糧にできるのでしょうか。
ここでは、わたしが出会った先生方の実践をもとに、3つのヒントを紹介します。

「問い直す」力を持つ

中堅の先生Aさん(中学校・理科)は、毎年同じ実験指導をしていました。
ある日、生徒から「結果を知ってるから面白くない」と言われ、ショックを受けたそうです。
その後、Aさんは「なぜ私は同じやり方を続けていたのか?」と自問しました。
すると、「安全で確実に終わる授業を求めていた」自分に気づきました。
そこから、あえて“わからない授業”を取り入れ、探究型の学習に挑戦。
結果、生徒の発言が増え、授業が生き生きとしたそうです。

経験を更新する第一歩は、「問い直す」こと。
自分のやり方を否定するのではなく、「なぜそうしているのか」を再確認することが、惰性を学びに変える出発点です。

「学び合う」場に戻る

ベテランの先生Bさん(小学校・国語)は、「今さら研修に行っても…」と感じていたそうです。
しかし、若手との合同研究会に参加したとき、驚くことがありました。
若い先生のアイデアに刺激を受け、「今の子どもたちにはこういう表現が響くのか」と感じたのです。
帰り道、「学び合うって、やっぱり楽しい」と笑顔で話していました。

成人学習の理論(ジャック・メジローの変容的学習理論)では、人は“他者との対話”によって自分の前提を見直すといわれます。
ベテランだからこそ、学び合う関係性の中で、自分の経験を再構築することが大切です。
「教える側」から「共に学ぶ側」へと役割を変える勇気が、次の成長を呼び込みます。

「自分の物語」を書き直す

長年のキャリアを“過去の積み重ね”としてではなく、“今も進行中の物語”として捉える視点が大切です。
高校の先生Cさんは、定年間近で「もう自分の出番はない」と話していました。
しかし、生徒との卒業文集づくりを通じて、自分の教師人生を振り返る時間を持ったそうです。
その中で、「自分が支えてきた生徒たちの笑顔が、自分の仕事の証なんだ」と感じ、「これからは若い先生の成長を支える物語を書いていこう」と決意されました。

心理学では、これを「ナラティブ(物語)・アイデンティティ」と呼びます。
過去を意味づけ直すことで、未来への希望を再構築する。
この内省的なプロセスが、ベテラン期の学び直しを支えます。

4.Point:経験を“守る”のではなく、“生かす”

経験は財産ですが、それを守るだけでは、次の変化を迎えられません。
大切なのは、「これまでの自分」を否定せずに、“いまの時代”に合わせて柔軟に変える姿勢です。

  • 「このやり方は今でも有効か?」と自分に問いかける
  • 若手からの意見を受け止め、そこに学びを見出す
  • 自分の経験を語ることで、他者の成長を支える

これらの姿勢が、経験を“惰性”ではなく“活力”に変えます。
経験を再構築するたびに、教師としての自分が新しくなっていく。
それが、長く続けるための秘訣です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です