「仕事だけの自分」を卒業する――ベテラン教師に訪れる転換期

長年教師として走り続けてきた先生方の中には、ふと「このままでいいのだろうか」と感じる瞬間があるかもしれません。
かつては情熱に突き動かされていた仕事も、最近は心身の疲れが抜けず、喜びを見失っている……。
そんな声を、わたしはカウンセリングや研修の現場で何度も耳にしてきました。

実はこの問いは、教師人生の“次の段階”に進むためのサインです。
教育心理学の観点から見ても、中年期以降は「自己の再定義」が求められる時期。
仕事中心の生き方から、自分自身の価値を見直すことで、人としても教師としても深みが増していきます。

この記事では、心理学の理論と現場の事例を交えながら、ベテラン教師が「仕事だけの自分」から卒業し、人生と教育のバランスを取り戻すためのヒントをお伝えします。

1.Point:ベテラン教師には「仕事中心」から「人生中心」への転換が必要です

長年、全力で教育に打ち込んできた先生ほど、「自分=教師」という同一化が強くなりがちです。

しかし、定年間近になってからその生き方を問い直すと、喪失感に押しつぶされることもあります。

だからこそ大切なのは、今のうちに「仕事だけの自分」を少しずつ手放し、「人生中心」へと軸を移すこと。
それが、残りの教職人生をより豊かにし、退職後の人生を温かく支えてくれる力になります。

2.Reason:仕事への没頭が生んだ“誇り”と“空白”のはざまで

ベテランの先生方の多くは、誰よりも学校のため、子どものために尽くしてきました。
その誇りは間違いなく尊いものです。
けれども、同時にこんな声もよく聞きます。

  • 「休日に何をしたらいいのかわからない」
  • 「仕事以外で自分の価値を感じにくい」
  • 「退職したら、抜け殻になってしまう気がする」

これは、仕事を通じて自己肯定感を得てきた証でもあります。
教育現場は、常に他者のために動く場。
そのため、意識しなければ“自分のために生きる”感覚を失いやすいのです。

心理学者デシとライアンの「自己決定理論」によれば、人が充実感を得るためには、
自律性・有能感・関係性 の3つが満たされることが必要です。
ところが、仕事中心の生活では、この3つのバランスが崩れやすくなります。

たとえば、「学校に行かないと自分の居場所がない」と感じるとき、
自律性(自分で生き方を選ぶ力)は弱まっています。

また、成果や周囲の評価にばかり目が向くと、
有能感は他人依存になり、心の安定を失いやすい。

関係性も職場内に限定されるため、退職後に孤立感を抱きやすいのです。

この時期は、キャリア心理学でいう「再評価期」にもあたります。
これまで積み上げてきたものを誇りにしながら、
「これからの人生をどう生きたいか」を見つめ直す大切な時期なのです。

3.Example:仕事を手放して見えた“もう一人の自分”

ある60代の先生の話です。
定年を目前に控え、「自分の生きがいは学校だけ。これから何をしていいかわからない」と語っていました。
しかし、退職をきっかけに、若いころにやっていた釣りを再開。
最初は「暇つぶし」だったそうですが、いつしか自然の中で過ごす時間が「心を整える時間」に変わっていきました。
今では、地域の子どもたちと一緒に釣り教室を開くまでになっています。

この変化の背景には、「自分の楽しみを持つことへの罪悪感を手放した」ことがあります。
教職は「他者のために生きる」ことが美徳とされがちですが、“自分の喜び”を見つめ直すことも立派な教育です。
むしろ、自分を大切にできる人ほど、子どもへのまなざしもやわらかくなります。

また、わたし自身も40代で同じような壁にぶつかりました。
「研究」「授業」「相談」と、常に誰かのために動いているうちに、自分が何のために働いているのかが見えなくなったのです。
そのとき、意識的に週末を「自分の時間」にあて、やりたい勉強をしたり、家族と旅行したりするようにしました。
すると、仕事中にも“焦りのない集中”が生まれ、学生への対応にもゆとりが持てるようになったのです。

他にも、退職後に地域ボランティアや合唱団に参加する先生、絵を描き始めて個展を開いた先生など、
「第2の人生」で新たな自己実現を果たす人が増えています。

共通しているのは、「教師である前に一人の人間として生きる」ことを大切にしている点です。

4.Point:仕事を手放すことは、人生をあきらめることではない

「仕事中心の自分」を少しずつ手放すことは、これまでのキャリアを否定することではありません。

むしろ、これまで築いてきた「人とのつながり」「経験」「知恵」を、より広い世界で活かしていく準備期間といえます。

次の人生を豊かにするために、今日からできることはたくさんあります。

  • 毎日15分、自分のためだけに時間を使う
  • 仕事以外の人とつながる場を見つける
  • 「やらないことリスト」を作って心の余白をつくる
  • これまでの自分をねぎらう習慣を持つ

こうした小さな一歩が、やがて大きな自由へとつながります。

教師人生の後半は、「教える人生」から「生きる人生」へと転換する時期。
その歩みを、どうか誇りを持って進めてください。

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