“経験を積ませれば育つ”は幻想:若手が伸びる環境のつくり方

経験年数が増えれば自然と成長する、そう信じたい気持ちがあります。
しかし学校現場では、10年目でも業務に追われて苦しむ若手がいる一方で、3年目でも驚くほど授業も学級も安定させる先生がいます。
なぜ、この差が生まれるのでしょうか。
わたしは長年、先生方の相談を受けてきました。
そこでは「経験を積んでいるのに成長が感じられない」「一生懸命なのに結果に結びつかない」と嘆く姿に出会ってきました。
もしかしたら今、管理職として「どこまで関わるべきか」「本人の努力不足に見えてしまう」と戸惑っているかもしれません。
今日は、心理学の知見から「経験だけでは成長しない」という前提を共有したいと思います。
そして若手が伸びる土台になる、暗黙知の言語化・省察・適切なフィードバックを組み合わせた育成環境についてお伝えします。
若手を責めるでも、管理職が背負い込むでもない。
負担が増えない仕組みで、組織の育成力を高めていく視点です。
先に結論を言えば——成長は、つくられるものです。
1. Point:経験の質が重要
若手の成長は「経験量」ではなく「経験の質」で決まります。
さらに言えば、経験の質は、管理職やベテランがつくる関わりの設計によって変えられます。
暗黙知の言語化、省察的実践、そして成長につながるフィードバックの3つが組み合わされることで、若手は「現場で起きていることをただ処理する人」から「意味づけながら仕事を進められる人」へと変わります。
管理職が全てを抱える必要はありません。
若手を責める必要もありません。
育成を“偶然”に委ねない環境づくりこそが、組織の育成力を底上げする最も再現性の高い方法です。
2. Reason:省察による好循環が成長させる
学校は「経験=成長」という神話が根強い職場です。
「忙しいけど、いずれ慣れる」「トラブルは経験値になる」「場数を踏めば授業は上手くなる」
そんな考え方は、決して悪いものではありません。
わたしもかつてはそう信じていました。
ところが心理学的には、経験は自動的に成長を生まないことがわかっています。
経験は「省察レベルが高いとき」にだけ成長につながり、
省察がないと「同じ1年を10回繰り返す」ことになります。
若手の多くは、次のような構造的な困難を抱えています。
- 仕事量が多すぎて、体験を咀嚼できない
- ベテランの働き方が“見て学べるレベル”で可視化されていない
- フィードバックが「良かった」「改善して」など抽象的になりがち
- 失敗の共有がタブー化され、相談のタイミングを失う
この状況では、誠実で一生懸命な若手ほど追い込まれます。
努力が成果に変換されないからです。
それでも「頑張りが足りない」と自己責任化し、さらに苦しくなる……。
わたしが出会ってきた先生方が、まさにこの悪循環にいました。
一方で、伸びていく若手にははっきりとした共通点があります。
- ベテランの暗黙知が、働き方の「見えるモデル」として示されている
- 実践のあとに短い省察の時間がある
- フィードバックが“事実→解釈→次の一手”で返ってくる
- 相談は「弱さ」ではなく「成長意欲」として扱われる
つまり、伸びる若手=資質が高いではなく
伸びる若手=育成環境が整っている というだけの話なのです。
管理職が育成の文化をデザインすると、組織の中に支え合いと学び合いの循環が生まれ、
「優しいだけ」「厳しいだけ」「放任」の組織から抜け出せます。
3. Example:暗黙知の言語化・省察・フィードバック
ここからは、暗黙知の言語化・省察・フィードバックを学校現場で実装する方法を紹介します。
どれも追加の業務や会議を増やさずにできるものです。
① 暗黙知の言語化:仕事の“モデル”を見える形にする
「見て覚えて」が通用しにくい時代です。
だからこそ、ベテランの仕事の組み立て方を言語化して渡すだけで若手の理解は一気に進みます。
例:授業準備の暗黙知
- 「教材研究の順序(何から手を付けるか)」
- 「授業の最初の1分で生徒の注意を引く方法」
- 「想定外の反応が出た時の優先順位」
ポイントは“正解”ではなく“考え方の型”を渡すことです。
その結果、若手は判断の拠り所を得て、試行錯誤できる余白が増えます。
② 省察的実践:5分でできる“内省の習慣”
長時間の振り返りは現場では続きません。
大切なのは短くても「問いの質」です。
授業・生徒指導・学級運営などの後の5分で、以下の3つを書くだけでも効果があります。
- 今日うまくいったこと
- うまくいかなかった理由の仮説
- 明日試す1つの改善
「良し悪しの評価」ではなく「実験計画」に切り替えるイメージです。
若手が失敗を報告しやすくなり、挑戦の連続が成長曲線を加速させます。
③ フィードバック:抽象論ではなく、行動の“翻訳”をする
「良かった」「頑張った」「もう少し工夫を」
これでは若手は改善点がつかめません。
おすすめは、次の3ステップです。
- 事実の指摘
例:「授業の導入で2名の児童が発言したとき、うまく拾って全体に広げていた」 - 意味の翻訳
例:「子どもたちが安心して意見を出せる雰囲気が生まれていた」 - 次の一手の提案
例:「同様に、後半でも2〜3名のつぶやきを全体化すると学習の密度が上がる」
若手が「行動と結果のつながり」を理解すると、自己効力感が一気に高まります。
④ 失敗共有の文化:相談を“早いほど価値がある”ものにする
若手が苦しむ最大の理由は、悩みを抱えたまま孤立することです。
相談が「弱さ」ではなく「専門職としての学びの姿勢」であると組織で認識されれば、息苦しさは激減します。
事例紹介:
ある学校では週1回の短い職員室ミーティングで、次のテーマだけを扱っています。
- 今週の「小さな成功」
- 今週の「小さな失敗」
- 他の先生からの称賛・感謝
わずか15分でも、空気が大きく変わります。
若手の「もう少し頑張ろう」が自然に生まれるのです。
4. Point:経験の質を上げる習慣づくりを
成長は天性でも気合でも経験年数でもありません。
経験の質を上げる習慣があるかどうかで決まります。
具体的には次の3つです。
- 暗黙知を言語化して、若手に“考え方の型”を渡す
- 実践のあとに短く省察する文化をつくる
- フィードバックは抽象評価ではなく行動の意味を翻訳して返す
管理職がこの3点を“環境として”整えるだけで、若手は自立し始めます。
負担を増やす育成ではなく、成長が自然と連鎖していく組織設計が可能になります。
まとめ
「経験を積ませれば育つ」という発想の限界に気づいた学校から、育成は変わり始めています。
若手の努力不足ではなく、育成環境の設計の問題だったと捉えることで、
管理職も若手も対立から抜け出し、同じ方向を向くことができます。
明日からできる最初の一歩は、本当に小さくて構いません。
- 暗黙知の言語化を1つだけ共有する
- 省察の問いを1つだけ投げかける
- フィードバックで次の一手を1つ提案する
今日から少しずつ、育成の循環をつくってみてください。
わたしも、いつも道半ばです。一緒に学んでいけたら嬉しいです。

