わが子の失敗を「自分の失敗」と感じてしまうあなたへ――心理的境界線を取り戻す

【この記事は特に、思春期以降(中学生〜大学生)のお子さんを持ち、お子さんの失敗や困難を自分のことのように苦しく感じている保護者の方に向けて書いています】
「子どもがテストで赤点を取った」
「部活動でレギュラーになれなかった」
そんなわが子の姿を見て、まるで自分のことのように胸が締め付けられ、あるいは「自分の育て方が悪かったのか」と自分を責めてしまうことはありませんか?
実は、愛情が深い親御さんほど、子どもの苦しみを自分のものとして引き受けてしまう「心の境界線の曖昧さ」が生じやすいものです。
心理学では、これを自分と他者の区別が曖昧になる状態と捉えますが、これは決してあなたが「ダメな親」だからではありません。
むしろ、それだけお子さんを大切に思ってきた証です。
ただ、この境界線が曖昧すぎると、親も子も息苦しくなってしまいます。
この記事では、心理学という「眼鏡」を通して、お子さんとの間に心地よい距離感を取り戻す方法をお伝えします。
読み終える頃には、肩の力が少し抜け、お子さんの失敗を「彼(彼女)自身の成長のチャンス」として、穏やかに見守るヒントが見つかるはずです。
1.Point:結論・伝えたいこと
「わが子の失敗は、わたしの失敗ではない」「わが子の課題は、わたしの課題ではない」——まずはこの言葉を、お守りのように心に置いてみてください。
お子さんが何かに失敗したとき、まるで自分の足元が崩れるような感覚になったり、夜も眠れないほど自分を責めてしまったりするのは、あなたが親として、お子さんの人生をそれほどまでに懸命に背負ってこられた証拠です。
その愛情の深さは、何にも代えがたい尊いものです。
けれど、心理学の視点からお伝えしたい大切な結論があります。
それは、お子さんとの間に「適切な心の境界線」を引くことが、あなた自身を救い、そしてお子さんが自分の足で歩き出すための「最大の応援」になるということです。
お子さんの失敗を、あなた自身の評価と結びつける必要はありません。
あなたはこれまで十分にやってきました。
ここからは、少しずつ「荷物」を分けていきましょう。
2.Reason:心理学的な背景(なぜそうなるのか)
なぜ、わが子の失敗がこれほどまでに自分を苦しめるのでしょうか。
そこには「心理的境界線の曖昧さ」という現象が隠れています。
心理的境界線とは
「心理的境界線(psychological boundaries)」とは、自分と相手を分ける目に見えないフェンスのようなものです。
家族療法の研究者ミニューチンは、家族の境界線が適切に保たれていることが、家族の健康性にとって重要だと述べました。
乳幼児期、子どもは一人では生きていけませんから、親と子は密接に関わり合います。
しかし、成長とともに子どもは「一人の人間」として自立し、この境界線を立てていく必要があります。
エンメッシュメント(密着しすぎた関係)
ところが、思春期や青年期になってもこの境界線が曖昧なままだと、親は子どもの感情や結果を「自分のもの」として体験してしまいます。
これを専門的には「エンメッシュメント(enmeshment)」と呼びます。
直訳すると「網目状に絡み合った状態」で、親子の心理的な境界が不明瞭になり、互いの感情や問題が混ざり合ってしまう状態を指します。
この状態にあるとき、親の心の中では「子どもが困っている=わたしが困っている」「子どもが否定された=わたしが否定された」という変換が無意識に行われます。
だからこそ、お子さんの失敗が、まるで自分の人生の汚点のように感じられてしまうのです。
アドラー心理学の「課題の分離」
心理学者アドラーは、人間関係の悩みの多くは「課題の分離」ができていないことから生じると述べました。
「課題の分離」とは、「これは誰の課題か」を明確にすることです。
- お子さんの課題:テストの成績、友人関係、進路選択など、最終的にお子さん自身が引き受ける結果
- 親の課題:適切な環境を整える、相談に乗る、情報を提供するなど、サポートすること
この区別が曖昧になると、親は子どもの課題を「自分の課題」として背負い込み、苦しくなってしまいます。
また、お子さんも「自分の人生なのに、親の顔色を伺わなければならない」という閉塞感を感じ、自立へのエネルギーを削がれてしまうこともあるのです。
あなたが苦しいのは、お子さんを愛していないからではなく、むしろ愛しているからこそ、二人の人生が一つの器に混ざり合ってしまっているからなのです。
3.Example:具体的な事例や今日からできるワーク
ここで、あるお母さんの事例をお話しします。
高校生になる息子さんが不登校気味になったとき、彼女は「わたしの育て方のせいで、この子の将来が閉ざされてしまった」と、毎日泣きながら自分を責めていました。
近所の人の目が怖くなり、家から出るのも辛くなってしまったのです。
カウンセリングの中で彼女は、息子さんの問題を「自分の履歴書」の一部のように感じていたことに気づきました。
そこで、彼女に「課題の分離」を意識するワークを提案しました。
今日からできる「心の境界線」を取り戻すワーク
① 「これは誰の課題か」を問いかける
不安になったとき、心の中でこう問いかけてみてください。
「この問題の結果を最終的に引き受けるのは誰か?」
もし答えが「お子さん」なら、それはお子さんの課題です。
あなたの役割は、解決することではなく、見守り、必要なときにサポートすることです。
② 「主語」を入れ替えてみる
不安になったとき、心の中で「わたしは」と言いかけている言葉を、意識的に「息子は(娘は)」に変えてみます。
例:「(わたしは)進路が不安でたまらない」
→「(息子は)進路に迷っている最中だ。そして、わたしはそれを見て心配している」
主語を二つに分けることで、境界線が見えてきます。
③ 「心のフェンス」をイメージする
お子さんとの間に、透明で、でも丈夫なフェンスがあるのを想像してみてください。
お子さんが失敗という泥を被っても、その泥はフェンスに当たって、あなたの側には飛んできません。
あなたはフェンス越しに「泥がついて大変そうだね、タオルは必要かな?」と声をかけることはできますが、一緒に泥まみれになる必要はないのです。
④ 「わたしの時間」を5分だけ確保する
お子さんのことで頭がいっぱいになったときこそ、あえて散歩に出たり、好きなお茶を飲んだりして、「親ではない自分」の時間を作ります。
わたし自身、娘たちの受験で胃が痛むとき、あえて一人で海や山に行き、「自然からみたら、私のことや、娘の試験結果なんて些細なことなんだよなぁ」と感じることで、境界線を取り戻していました。
「冷たい親」にはなりません
最初は「冷たい親だと思われるのではないか」という抵抗感があるかもしれません。
でも、想像してみてください。
泥沼にハマっている子を助けるとき、親まで一緒に沼に飛び込んでしまったら、二人とも沈んでしまいます
陸地にしっかりと足をつけ、ロープを投げられる状態でいること。
それこそが、今のあなたにできる最も誠実なサポートなのです。
境界線を引くことは、「無関心」ではなく「信頼」です。
お子さんを一人の人間として尊重し、「あなたなら大丈夫」と信じることなのです。
【こんな時は専門家へ】
以下のような場合は、家庭での工夫だけでなく、専門家への相談も検討してください。
- ご自身が強い不安や抑うつ状態にある
- お子さんへの過干渉が止められず、親子関係が悪化している
- お子さんが深刻な問題を抱えている(不登校、自傷行為、摂食障害など)
- 共依存的な関係パターンが長年続いている
臨床心理士やカウンセラーによる家族療法が有効な場合があります。
4.Point:まとめとエール
わが子の失敗を自分のこととして傷ついてしまうあなたは、それほどまでに深く、誰かを愛せる素晴らしい方です。
その優しさを、まずは「今日まで頑張ってきた自分自身」に向けてあげてください。
「あなたが悪いわけではありません」。
お子さんの失敗も、あなたの育て方のせいだけではありません。
人生には、本人が経験し、乗り越えなければならない課題があります。
それを奪わないことが、お子さんの「生きていく力」を育みます。
明日から、もしお子さんが何かに躓いたときは、心の中でこう唱えてみてください。
「これはあの子の課題。あの子ならきっと、いつか自分で答えを見つけられる。わたしはわたしの人生を、今日は大切に生きよう」
境界線を引くことは、突き放すことではなく、お子さんを一人の人間として信頼することです。
あなたが笑顔で自分の人生を歩む姿を見せることが、実はお子さんにとって一番の安心感につながります。
大丈夫。
あなたは一人ではありません。
わたしも、一人の親として、そして心理学を学ぶ仲間として、あなたの歩みをいつも応援しています。
少しずつ、ゆっくり、肩の荷を下ろしていきましょう。
【参考文献】
- Minuchin, S. (1974). Families and Family Therapy. Harvard University Press.
- アドラー, A.(岸見一郎訳)(1999). 『人生の意味の心理学』. アルテ.
- Bowen, M. (1978). Family Therapy in Clinical Practice. Jason Aronson.


