学年間の「壁」を壊し、ワンチームを再構築する:職員室の「社会的アイデンティティ」

こんな場面に、心当たりはありませんか

  • 学年ごとに雰囲気が違い、職員室に見えない境界線があって、他学年との情報共有がスムーズにいかない。
  • 「それは◯年の話」「こちらの学年では無理」という言葉が出て、いつの間にか距離が生まれている。
  • 全校で取り組むべき課題を提案しても、「うちの学年は特殊だから」と協力が得られない。

管理職として、その空気に歯がゆさを感じることがあるかもしれません。

学年間の壁は、怠慢や人間関係の悪さだけで生まれるものではありません。
むしろ、多くの場合、先生方が誠実に仕事に向き合っているからこそ、無意識のうちに強化されていきます

私は長年、学校現場で教師として過ごし、現在は大学で教育心理学・臨床心理学を教えています。
管理職や主任の先生方との対話の中で、「どうすれば学年を超えて協力できるのか」という問いに、何度も向き合ってきました。

この記事では、「社会的アイデンティティ」という心理学の視点から、職員室に生まれる「私たち」と「彼ら」の構造を読み解きます。
そのうえで、対立を深めずに、学年間の壁をゆるめ、ワンチームを再構築するためのヒントを考えていきます。
声かけや気合の問題ではありません。
人の心の自然な働きを理解することで、組織の関係性は、少しずつ変えていくことができます

職員室の空気を変える第一歩を、一緒に考えてみましょう。

1.Point:学年間の壁は「対立」ではなく「帰属意識」から生まれる

結論からお伝えします。

職員室に生まれる学年間の壁は、仲が悪いからでも、協力する気がないからでもありません。
その多くは、「自分はどこに属しているのか」という社会的アイデンティティの働きによって、自然に生まれています

社会的アイデンティティ理論は、心理学者ヘンリー・タジフェルとジョン・ターナーによって提唱されました(Tajfel & Turner, 1979)。
この理論によれば、人は自分が属する集団(内集団, in-group)との一体感を持ち、その集団を肯定的に捉えようとします。
同時に、他の集団(外集団, out-group)との違いを強調する傾向があります。

学年という単位は、日常的に協働し、困難を共有し、成果を分かち合う場所です。
だからこそ、「自分たちの学年」という意識は強くなります。

問題は、その意識が悪いことではありません。
それが唯一の拠り所になるとき、「私たち」と「彼ら」という線引きが強まり、学校全体としての一体感が弱まってしまうのです。

2.Reason:なぜ誠実な学校ほど「学年の島」ができやすいのか

社会的アイデンティティ理論では、人は自分が属する集団を肯定的に捉え、他の集団との差を無意識に強調すると考えられています。
学校現場では、この構造がとても強く働きます。
以下、3つの論点から整理します。

内集団バイアス:「私たち」を優先する心理

人は自分が属する集団のメンバーを、外集団のメンバーよりも好意的に評価し、優先的に扱う傾向があります。
これを内集団バイアス(in-group bias)と呼びます(Tajfel, 1970)。

学年ごとに抱える課題は異なり、指導の難しさも、行事の負担も違います。
その中で、「この大変さは、同じ学年でないと分からない」「うちの学年なりのやり方がある」という感覚が育っていきます。

この感覚は、先生方を支える力になります。一方で、次のような状態が重なると、壁は厚くなります。

組織のサイロ効果:情報と協力の分断

組織心理学では、部門間の障壁によって情報共有や協力が阻害される現象をサイロ効果(silo effect)と呼びます。
学年という単位が強固になりすぎると、以下のような状態が生まれます。

  • 学年外との対話の時間が減る: 日常的な接点がなくなり、他学年の状況が見えなくなる
  • 成果や苦労が共有されにくくなる: 各学年の工夫や困難が可視化されず、理解が生まれない
  • 比較や不満が間接的に語られる: 「あの学年は楽をしている」といった推測や不満が蓄積する

誠実さが壁を強化するパラドックス

誠実な先生ほど、自分の学年を守ろうとします。それは責任感の表れです。しかし、守る意識が強まるほど、他学年への関心は薄れやすくなります

結果として、職員室は「島」の集合体になります。
これは、個人の問題ではなく、組織構造と心理的メカニズムが生み出す自然な帰結です。

3.Example:社会的アイデンティティを「橋」に変えた事例

コンサルテーションで関わった学校の事例を紹介します。

その学校では、学年ごとの連携がほとんどありませんでした。
会議では発言が少なく、裏では「上の学年は分かっていない」「下は楽をしている」という声が聞こえていました。

管理職の先生は、「もっと協力しよう」「学校全体で考えよう」と呼びかけ続けていましたが、空気は変わりませんでした。

転機になったのは、学年別の成果発表の場を、「共有の学び」に組み替えたことでした。
単なる報告ではなく、次の問いを共通に置きました。

この学校で行われた取り組み

  • 「今年、最も判断に迷った場面」「学年として大切にしてきた価値」「他学年に引き継ぎたい工夫」という共通の問いを設定した
  • 評価ではなく理解を促す場として、「そういう事情があったのか」「その工夫は、来年使えそうだ」という対話が自然に生まれた
  • 学年アイデンティティは消えなかったが、「学校全体の一部としての学年」という位置づけに変わり、協力の土台ができた

社会的アイデンティティは、壁にも橋にもなります。使い方次第です。

4.Point:ワンチームをつくる三つの視点

学年間の壁を壊そうとしなくて構いません。
むしろ、壁を前提に、つなぎ方を工夫することが大切です。

現場で意識したい視点を整理します。

学年の誇りを否定せず、言語化する

学年への帰属意識を否定するのではなく、「何を大切にしてきたか」「どんな工夫をしてきたか」を言葉にする機会をつくる。
それが、他学年との相互理解の出発点になります。

比較ではなく、経験の交換を促す

「どちらが優れているか」という比較ではなく、「それぞれの学年が何を学んだか」という経験の交換を促します。
評価ではなく、学び合いの文脈をつくることが重要です。

「学校として何を守るか」を繰り返し共有する

学年を超えた共通の目的—子どもの成長、教育の質、教職員の協働—を繰り返し確認します。
上位目標を共有することで、内集団の境界を拡張できます(Sherif et al., 1961)。

ワンチームとは、同じやり方をする集団ではありません。
違いを前提に、連携できる集団です。

参考文献

  • Sherif, M., Harvey, O. J., White, B. J., Hood, W. R., & Sherif, C. W. (1961). Intergroup conflict and cooperation: The Robbers Cave experiment. University of Oklahoma Book Exchange.
  • Tajfel, H. (1970). Experiments in intergroup discrimination. Scientific American, 223(5), 96–102.
  • Tajfel, H., & Turner, J. C. (1979). An integrative theory of intergroup conflict. In W. G. Austin & S. Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations (pp. 33–47). Brooks/Cole.

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