自分を許せないリーダーは、部下も許せなくなる:リーダーのための「セルフ・コンパッション」

こんなこと、感じたことはありませんか
- 一日の終わりに「あのとき、もっと良い判断ができたのではないか」と、同じ場面を何度も思い返してしまう。
- 周囲からは「頼りになる」と見られているのに、内心では「管理職として失敗だった」と自分を責め続けている。
- 部下のミスには冷静に対応できるのに、自分のミスは許せず、何日も引きずってしまう。
周囲からは「しっかりしている」「頼りになる」と見られている。
それでも内心では、自分に厳しい言葉を向け続けている。
もしかしたら、あなたも今、そんな状態かもしれません。
私は長年、学校現場とかかわり、先生方のカウンセリングやコーチングの場では、「自分を許せない、認められない」といった言葉を、耳にしてきました。
この記事では、セルフ・コンパッション(self-compassion)という考え方を手がかりに、リーダーが自分に向けるまなざしが、どのように部下への関わり方や職場の空気に影響するのかを考えます。
甘やかす話ではありません。
責任を放棄する話でもありません。
むしろ、長くこの仕事を続けるために必要な、心の扱い方についての話です。
自分に厳しすぎるリーダーほど、知らないうちに、周囲にも同じ厳しさを向けてしまうことがあります。
今日は、そんな悪循環を断ち切るヒントを、一緒に探してみましょう。
1.Point:自分に厳しすぎるリーダーは、無意識に部下にも厳しくなる
結論からお伝えします。
自分を許せないリーダーは、意図せず部下にも同じ厳しさを向けてしまいます。
それは性格の問題ではなく、心の仕組みとして自然に起こることです。
セルフ・コンパッションとは、心理学者クリスティン・ネフが提唱した概念で、失敗や弱さを抱えた自分に対して、理解といたわりを向ける姿勢を指します(Neff, 2003)。
甘さや妥協とは違います。
管理職という立場は、判断の連続です。
そのたびに自分を責め続けていると、心には余白がなくなります。
余白のない心は、他者に寛容でいられません。
自分に向けたまなざしは、そのまま、部下や職場全体へのまなざしになります。
ここに気づくことが、リーダーのメンタルヘルスの出発点です。
2.Reason:なぜ「自分を責めるリーダー」は部下に厳しくなるのか
心理学の視点から見ると、人は自分に向けている態度を、他者にも向けやすい傾向があります。
以下、3つの論点から整理します。
① 自己批判は「投影」を引き起こす
精神分析の概念である「投影」とは、自分の中で受け入れがたい感情や特性を、他者に見出してしまう防衛機制です(Freud, 1894)。
管理職の先生方の多くは、責任感が強く、真面目で、努力家です。
その資質があるからこそ、今の立場に立っています。
一方で、「失敗してはいけない」「弱さを見せてはいけない」という内なる声が強くなりがちです。
自分の中で許されない感情や行動は、他者の中に見えた瞬間、強い違和感や苛立ちとして現れます。
② 自分が抑圧している特性を、部下に見ると反応してしまう
たとえば、以下のような場面です。
- 報告が遅れた部下
- 迷いながら判断する若手
- 感情的になる先生
それらは、本来なら支援の対象です。
しかし、自分自身が「迷ってはいけない」「感情を出してはいけない」と抑え込んでいると、同じ状態の他者を受け入れにくくなります。
③ セルフ・コンパッションの欠如は、共感を消耗させる
セルフ・コンパッションが低い状態では、共感は消耗品になります。
余裕があるときだけ発揮できる、条件付きのものになってしまうのです。
逆に言えば、セルフ・コンパッションが高いリーダーは、自分のミスを受け入れる余白があるため、部下のミスも冷静に受け止められます(Neff et al., 2023)。
3.Example:セルフ・コンパッションが関係性を変えた事例
副校長として多忙な日々を送っていた女性の先生の事例を紹介します。
その先生は、「自分の判断が遅いせいで、現場を混乱させた」と何度も自分を責めていました。
周囲から見れば、十分に丁寧で誠実な対応でした。
ところが、部下への指導は次第に厳しくなっていました。
「なぜ、もっと早く動けなかったのか」「その判断は甘い」
言葉は正論でしたが、受け取る側は萎縮していきました。
カウンセリングの中で、その先生が口にした言葉があります。
「自分には許されないことが、たくさんあります」
そこで、問いを変えました。
「もし、同じ状況に置かれた部下がいたら、どんな言葉をかけますか」
先生は、しばらく考えてから答えました。
「よく考えていたと思う、と言うと思います」
その瞬間、自分にだけ向けていた厳しさが、いかに強かったかに気づかれました。
この先生に起きた変化
- 失敗を振り返るときの言葉が、責める言葉から「意味づけをする言葉」に変わった
- 部下への関わり方が柔らかくなり、指導の際も「なぜそう判断したのか」を先に聞くようになった
- 許したのは部下ではなく、まず自分自身だった—その結果、職場全体の雰囲気が変わった
4.Point:セルフ・コンパッションは「責任を引き受ける力」を育てる
セルフ・コンパッションは、自分を正当化することではありません。
責任から逃げる態度でもありません。
むしろ、失敗を失敗として引き受け、次に活かすための土台になります(Neff, 2023)。
現場で意識したい視点を整理します。
① うまくいかなかった事実と、自分の価値を切り離す
失敗は「行動の結果」であり、「自分の価値」ではない。
この区別をつけることで、冷静な振り返りが可能になります。
② 自分への言葉が、部下への言葉になると意識する
自分に向けている言葉は、無意識のうちに他者にも向けられます。
自分に優しい言葉をかけられるリーダーは、部下にも適切な距離感で関われます。
③ 厳しさと冷たさは別物だと区別する
セルフ・コンパッションは甘やかしではありません。
厳しく振り返ることと、冷たく自分を責めることは違います。
前者は成長を促し、後者は消耗させます。
自分を責め続けるリーダーは、長く走れません。
立ち止まる力も、リーダーシップの一部です。
まとめ:自分へのまなざしが、職場の空気をつくる
リーダーのメンタルヘルスは、個人の問題に見えて、実は職場全体に影響します。
自分に向ける言葉を、少しだけ変えてみてください。
それだけで、部下への関わり方は確実に変わります。
もしかしたら、「そんな余裕はない」そう感じるかもしれません。
それでも、セルフ・コンパッションは時間を奪いません。
むしろ、消耗を減らします。
先生方の毎日は、本当に尊いものだと私は思います。
私もいつも道半ばです。一緒に学び、考えていけたら嬉しいです。
参考文献
- Freud, S. (1894). The neuro-psychoses of defence. In J. Strachey (Ed. & Trans.), The standard edition of the complete psychological works of Sigmund Freud (Vol. 3, pp. 45–61). Hogarth Press.
- Neff, K. D. (2003). Self-compassion: An alternative conceptualization of a healthy attitude toward oneself. Self and Identity, 2(2), 85–101.
- Neff, K. D. (2023). Self-compassion: Theory, method, research, and intervention. Annual Review of Psychology, 74, 193–218.


