実践を書き留めることが、単なる経験を「専門知」に変える:「リフレクティブ・プラクティショナー」への道

こんな感覚を、抱いたことはありませんか
- 日々の実践には手応えはあるが、「この経験は、自分の力になっているのか」と問われると言葉にできない。
- 会議や研修で経験を語ろうとしても、うまく伝わらず、「現場にいないと分からない」と思ってしまう。
- 忙しさの中で判断や試行錯誤を重ねてきたが、振り返る間もなく過去になり、何を学んだのか曖昧なまま時間だけが過ぎていく。
学校現場で積み重ねられる経験は、膨大です。
判断、葛藤、試行錯誤。
しかし忙しさの中で、それらは次々と流れていき、言葉にならないまま、記憶の奥に沈んでいきます。
私は現職の先生方や管理職の方と関わる中で、「実践をどう整理し、どう次につなげるか」という問いに、何度も向き合ってきました。
この記事では、リフレクティブ・プラクティショナーという考え方を手がかりに、実践を書き留めることが、なぜ経験を「専門知」へと変えていくのかを考えます。
立派な論文を書くための話ではありません。
ノート1ページ、メモ帳1枚からでも始められる、自分の実践をより深く理解し、キャリアの軸にしていくための話です。
経験は、振り返られてはじめて力になります。
書くという行為が、実践をどのように変えていくのか。
そのプロセスを、一緒に見ていきましょう。
1.Point:実践を書き留めることは、経験を「再現可能な専門知」に変える営みである
結論からお伝えします。
実践を書き留めることは、誰かに評価されるための作業ではありません。
自分自身の実践を、偶然や属人的な経験から切り離し、「なぜ、そこでその判断をしたのか」を言語化する営みです。
リフレクティブ・プラクティショナーとは、教育学者ドナルド・ショーンが提唱した概念で、経験から学び続ける専門職のあり方を指します(Schön, 1983)。
単に経験年数を重ねる人ではなく、経験を問い直し、意味づけ直し、次の実践に還元できる人です。
実践を書き留めることは、この姿勢を最も具体的な形で体現する方法の一つです。
それは、論文という形式である必要はありません。
- 手帳の余白に書いた3行のメモ
- 夜、パソコンに向かって書いた500字の振り返り
- 週末に整理した1ページの実践記録
どんな形でも、書くことで、実践は「自分だけの体験」から、共有可能な知へと姿を変えていきます。
2.Reason:なぜ「振り返るだけ」では専門知にならないのか
現場の先生方は、日々よく振り返っています。
「あの対応は良かっただろうか」「別のやり方はなかっただろうか」
内省そのものは、決して不足していません。
しかし、多くの場合、その振り返りは頭の中で完結します。
感覚的で、断片的で、状況依存的です。
それでも日常実践には十分機能します。
問題は、その学びが再現されにくいことです。
時間が経つと曖昧になり、別の場面では使えなくなってしまいます。
以下、3つの論点から整理します。
① ショーンの区別:「行為の中の省察」と「行為についての省察」
ショーンは、省察を2つに区別しました(Schön, 1983)。
- 行為の中の省察:実践の最中に行われる即座の判断や調整
- 行為についての省察:実践後に行われる、距離を置いた振り返り
日常的な振り返りの多くは、「行為の中の省察」にとどまります。
それは実践を進める上で不可欠ですが、言語化されないまま次の場面に流れていきます。
② リフレクションが専門知に変わる3つの段階
リフレクションが専門知に変わるためには、次の三つの段階が必要になります。
- 状況を切り取り、焦点を定める
何が問題だったのか、何がうまくいったのかを特定する - 判断の根拠や迷いを言葉にする
「なぜそう判断したのか」「他の選択肢をなぜ選ばなかったのか」を明確化する - 自分なりの意味を見出す
この経験から何を学んだのか、次にどう活かせるのかを言葉にする
書くという行為は、この三つを強制的に通過させます。
書く過程そのものが、思考を深める装置になるのです。
③ 暗黙知を形式知に変換する
経営学者の野中郁次郎らは、個人が持つ「暗黙知」を組織で共有可能な「形式知」に変換するプロセスを重視しました(野中・竹内, 1996)。
実践を書き留めることは、まさにこの変換プロセスです。
書くことで、感覚的だった判断が言語化され、他者と共有可能な知識になります。
3.Example:実践を書き留めることが視点を変えた管理職の先生の事例
ある管理職の先生の事例を紹介します。
その先生は、「自分は現場感覚でやってきただけ」「記録を書くような理論的な人間ではない」そう話していました。
テーマに選んだのは、職員会議での合意形成の難しさでした。
日常的な課題で、特別な実践ではありません。
最初は、出来事を時系列で書いただけの記録でした。
そこで、こんな問いを加えてもらいました。
「なぜ、その場面でその言葉を選んだのか」
「他の選択肢は、なぜ取らなかったのか」
書き直す中で、先生は自分が以下のことに気づいていきました。
この先生に起きた変化
- 衝突を避けようとしていたこと、暗黙の力関係を意識していたこと、過去の失敗体験に影響されていたことに気づいた
- 自分の判断のクセやパターンが見えてきて、「次に同じ場面が来たら、別の選択ができそうです」と語るようになった
- 書いた記録を後輩に見せたところ、「こういう判断の背景を知りたかった」と言われ、自分の経験が他者の学びになることを実感した
経験は変わっていません。意味づけが変わったのです。
そして、この先生が書いたのは、A4で3〜4枚程度の実践記録でした。
立派な論文である必要はなかったのです。
4.Point:書くことが、キャリアの軸をつくる
実践を書き留めることは、過去を整理する作業であると同時に、未来の実践を方向づける作業です。
書くことで、以下のことが浮かび上がります。
① 自分の実践の特徴が見えてくる
「自分は、何を大切にしてきたのか」「どの場面で力を発揮してきたのか」が言語化されることで、キャリアの軸が明確になります。
② 専門性は経験の「解釈」の中に宿る
現場で求められる専門性は、資格や肩書きだけでは語れません。
どのような問いを持ち、どのように実践を解釈してきたか。そこに、その人ならではの専門性があります。
③ 書くことは、実践を他者と共有する技術である
書き留めた記録は、自分だけの学びにとどまりません。
同僚や後輩、他校の教師にとっても学びの資源になります。
まとめ:書くことは、実践を手放さないための技術である
忙しい現場では、経験はすぐに過去になります。
書かなければ、流れていきます。
実践を書き留めることは、立ち止まり、経験をすくい上げ、次に渡すための技術です。
完璧に書く必要はありません。評価されることを目指さなくても構いません。
- 今日の判断で迷ったこと
- なぜその言葉を選んだのか
- 次はどうしたいか
この3つを、ノート1ページに書くだけでも、十分意味があります。
先生方の実践は、それぞれに固有の価値を持っています。
書くことで、その価値は言葉になり、専門知として育っていきます。
私もいつも道半ばです。
一緒に学び、考えていけたら嬉しいです。
参考文献
- Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books.
- 野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社.(原著:Nonaka, I., & Takeuchi, H. (1995). The knowledge-creating company: How Japanese companies create the dynamics of innovation. Oxford University Press.)
- 佐藤学(1997)『教師というアポリア:反省的実践へ』世織書房.


