自信を失った教師を立て直す:自己効力感を高める「社会的説得」とリーダーの言葉

こんなこと、感じたことはありませんか
- 授業がうまくいかず沈んでいる若手に、どう声をかければよいか迷った。
- 「元気を出して」と励ましても、その場限りで終わる感覚がずっとある。
- 自信をなくした教師が職員室で孤立していく様子を見て、何もできないでいる。
自信を失った教師の様子を見て、「何か言わなければ」と思いながら、言葉が見つからなかった経験はないでしょうか。
私は長年、学校現場にかかわってきました。その中で気づいたことがあります。
自信を失った教師が再び動き出す瞬間には、必ずと言っていいほど、誰かの言葉があります。
この記事では、心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が提唱した自己効力感の理論、とりわけ「社会的説得」という概念をもとに、リーダーが教師の自信を回復させる言葉のかけ方を考えます。
精神論の話ではありません。
「もっと前向きに」という言葉を増やす話でもありません。
むしろ、心理学の知見に基づいた、具体的で効果的な言葉のかけ方についての話です。
言葉には力があります。今日は、その力をリーダーがどう使うかを、一緒に考えていきましょう。
1. Point:教師の自信を回復させる鍵は「観察に基づいた言葉」である
結論からお伝えします。
自信を失った教師を支える鍵は、「観察に基づいた言葉」です。
単なる励ましではありません。
その教師が実際に取り組んだことを見つけ、言葉として届けることです。
心理学者バンデューラが提唱した自己効力感とは、「自分にはできる」という信念のことです(Bandura, 1977)。
この感覚が低下すると、行動は止まります。 授業に迷いが生まれ、判断は消極的になります。
そして自己効力感を高める4つの要因のひとつが、「社会的説得」——周囲からの言葉です(Bandura, 1997)。
漠然とした励ましは、一時的な気分の変化しか生みません。
観察された努力を言語化する言葉が、教師の認識を変えます。
その認識の変化が、次の行動を生みます。
2. Reason:自己効力感の4つの源泉と「社会的説得」の役割
自己効力感の研究は、人が行動を続けられる力の源泉を整理しています。
バンデューラはその要因を4つに分類し、それぞれが異なる経路で人の行動を支えると説明しています(Bandura, 1997)。
以下、4つの論点から整理します。
① 成功体験が自己効力感の核をつくる
バンデューラが示したように、自己効力感を最も強く高めるのは成功体験です。
「自分がやれた」という実感が、将来の行動への確信をつくります。
しかし自信を失った教師は、過去の成功体験にアクセスしにくくなります。
失敗の記憶が前景に出てきて、過去の成功が覆い隠されてしまうからです。
授業がうまくいったあの日も、保護者から感謝された言葉も、見えなくなっています。
リーダーの言葉は、その隠れた成功体験を「再発見」させる力を持ちます。
② 代理経験がモデルへの共感を生む
代理経験とは、他者の成功や困難を観察することで「自分にもできる」という感覚を得ることです。
「あの先生も最初はうまくいかなかった」という事実は、若手教師の心を動かします。
リーダーが自分の失敗体験を語ること、先輩教師の成長の軌跡を見せることが、代理経験として機能します。
「モデル」は、遠くにある憧れではなく、隣にいる先輩でいい。
そのことを、リーダーが示せます。
③ 社会的説得が行動を再び動かす
社会的説得とは、周囲からの言葉によって自己効力感を高める作用です。
成功体験ほど強力ではありませんが、行動が止まっている状態から「もう一度やってみよう」という動きを引き出す力があります(Bandura, 1977)。
重要なのは、言葉の質です。
漠然とした励ましは受け取る側に届きません。
具体的な行動を観察した言葉が効果を持ちます。
- 「頑張っているね」→ 印象に残らない
- 「あの授業の問いかけ方は、生徒の表情を変えていました」→ 行動が見えている
この違いが、社会的説得の力を大きく左右します。
④ 情動状態が安心できる環境をつくる
バンデューラは、身体的・情動的状態も自己効力感に影響すると指摘しています。
緊張や不安が高いとき、人は自分の能力を過小評価します。
教師が安心して失敗を語れる職員室の空気、焦らずに取り組める環境は、自己効力感を下から支えます。
管理職や主任が「失敗は学びの過程だ」という姿勢を示すことが、この情動的な安心感をつくります。
空気はつくれます。
それを決めるのは、リーダーの態度です。
3. Example:観察の言葉が一人の教師を動かした事例
ある2年目の女性教師の事例を紹介します。
Bさんは、中学校で担任を持つ2年目の女性教員です。
1学期は何とか乗り切ったものの、2学期に入ってから学級が落ち着かなくなりました。
ある日、保護者から「授業が分かりにくい」という声が管理職に届きました。
それからBさんは、職員室での発言が極端に減りました。
授業準備の時間は増えましたが、表情には迷いが見え、自信なさげな様子が日に日に濃くなっていました。
担任学年の主任であるCさんは、その変化を見過ごせませんでした。
ただ「大丈夫ですか」と声をかけることには迷いがありました。
「励ましても、かえって傷つけてしまうかもしれない」という感覚があったからです。
Cさんは、まず観察することにしました。
Bさんの授業を1時間、後方から静かに見ました。
そして翌日の朝、職員室で声をかけました。
「昨日の授業、見させてもらいました。グループ活動の指示の出し方、とても丁寧でしたよ。」
Bさんはしばらく黙っていました。それからこう言いました。
「……本当ですか。うまくいっていないとばかり思っていました。」
Cさんはそのまま続けました。
「保護者の声には受け止めるべきことも含まれています。でも、あなたがやろうとしていることは、ちゃんと見えています。」
その後、Bさんは少しずつ変わっていきました。
職員室でCさんに授業の相談をするようになり、来週の展開案を見せに来るようにもなりました。
3学期が終わる頃には、「来年も担任を持ちたいです」と、自分から言えるようになっていました。
このBさんに起きた変化
- 保護者の声に押しつぶされていた自己評価が、観察に基づく具体的な言葉によって修正された。
- 「うまくいっていない」という固定した認識が、「学びの途中にいる」という見方に変わった。
- 相談できる関係が生まれたことで、孤立した働き方から、協働する働き方に変わった。
- 年度末に「また担任を持ちたい」と言えるまで、自己効力感が回復した。
4. Point:社会的説得は、見ることから始まる
社会的説得は、慰めではありません。
「気にしなくていい」という言葉でもありません。
むしろ、教師が実際に取り組んだことを観察し、それを言語化することで、自己効力感の回復を支える意図的な関わりです。
現場で意識したい視点を整理します。
① 努力を「見つけ」て言語化する
社会的説得が機能するのは、言葉が観察に基づいているときです。
「頑張っているね」と「あの場面で生徒の名前を呼びながら関係をつくっていたね」では、受け取り手への届き方がまったく違います。
前者は印象で終わり、後者は行動を照らします。
リーダーが教師の授業や日常の行動を丁寧に見ていることが前提です。
観察なき言葉は、言葉の形をした空白です。
見ることが、言葉の力の源泉です。
② 失敗を「過程」として再定義する
自信を失った教師は、失敗を「最終結果」として受け取っています。
「自分には向いていない」という認識は、そこから生まれます。
「今は習得の途中にある」「この経験が次につながる」という言葉は、失敗を学習の一段階として再定義します。
教師効力感の研究が示すように、教師の有能感は職務への意欲・満足と深く結びついており、周囲からの関わりがその感覚に影響を与えます(Tschannen-Moran & Hoy, 2001)。
失敗した教師ではなく、学びの途中にいる教師として見る視点が、リーダーの言葉を変えます。
③ 小さな言葉が職場文化をつくる
一人の教師への言葉は、職員室全体に波及します。
努力が言語化される職場では、教師は安心して挑戦を続けられます。
努力が見えない職場では、教師は孤立し、消耗します。
リーダーの観察と言葉の積み重ねは、個人への支援であると同時に、職場文化の形成です。
「見ている人がいる」という感覚が、教師に安心を与えます。
その安心が、次の挑戦を生みます。
自信を失った教師を前にして、何もできないと感じる必要はありません。
観察から始めてください。
今日見えた一つの行動を言葉にするだけで、十分です。
まとめ:教師を立て直すのはリーダーの一言
教師は、失敗を経験する仕事です。
授業がうまくいかない日も、保護者との関係に悩む日も、誰にでもあります。
そうした経験が重なると、自己効力感は低下します。
行動が止まり、判断が消極的になります。
バンデューラが提唱した自己効力感の理論は、人が行動を続けられる力の源泉を4つに整理しました。
その中でも社会的説得——周囲からの言葉——は、今すぐリーダーが使える支援です。
特別なスキルも、時間も必要ありません。
大切なのは、言葉の質です。
漠然とした激励ではなく、観察に基づいた具体的な言葉が教師の認識を変えます。
「失敗した教師」ではなく「学びの途中にいる教師」として見る視点が、リーダーの言葉を力あるものにします。
もしかしたら、「自分は言葉をかけるのが得意ではない」と感じているかもしれません。
それでも、観察することは誰にでもできます。
見えたことを、そのまま言葉にするだけでいいのです。
教師が安心して挑戦できる職員室は、リーダーの小さな言葉から生まれます。
今日、職員室で一つ、見えた努力を言葉にしてみてください。
私もいつも道半ばです。
一緒に学び、考えていけたら嬉しいです。
参考文献
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191
- Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The exercise of control. W. H. Freeman.
- Tschannen-Moran, M., & Hoy, A. W. (2001). Teacher efficacy: Capturing an elusive construct. Teaching and Teacher Education, 17(7), 783–805.

