「弱音を吐けないリーダー」が,知らず知らずのうちに職場の心理的安全性を損ないうるメカニズム

皆様,こんにちは。
前回は,成果主義やリモートワークがいかに職場の「余白」を奪い,見えない孤立を生み出しているかについてお話ししました。
今回は,その職場を牽引するリーダー自身の心のあり方にスポットライトを当ててみたいと思います。

日々マネジメントに奮闘されている皆様は,部下の前で「弱音」を吐けているでしょうか。
「マネージャーたるもの,常に前向きで,的確な判断を下し,部下の手本とならなければいけない」
そんな強い責任感から,ご自身の不安や迷いをぐっと飲み込み,完璧なリーダーを演じてはいないでしょうか。

実は,その「良かれと思って身につけた強さの鎧」が,皮肉にもチームの心理的安全性を損ない,見えない壁を生み出してしまうことがあります。
心理的安全性とは,チームの中で対人関係上のリスクを取っても安全だとメンバーが共有して感じられる状態を指します(Edmondson, 1999)。
今回は,弱音を吐けないリーダーが陥りやすいメカニズムと,そこからの脱却について考えていきます。

1.リーダーが「完璧」を演じ続けるほど,チームの空気は重くなる

結論から申し上げます。
リーダーが「弱みを見せてはいけない」と肩肘を張り,完璧な存在であろうとすればするほど,職場の心理的安全性は低下しやすくなります(Edmondson, 1999)。

マネージャーが常に正解を持ち,一切の弱音を吐かず,迷いなく業務を遂行しているように見える職場では,部下はどのようなメッセージを受け取るでしょうか。
おそらく,「このチームでは,完璧でなければならない」「ミスをしたり,分からないと言ったりすることは歓迎されにくい」という空気を,無意識のうちに感じ取ります。

その結果,部下は「こんな小さなことで相談したら無能だと思われるかもしれない」と萎縮し,トラブルを一人で抱え込みやすくなります。
リーダーが良かれと思って示している「強さ」が,結果として部下の「助けを求める声」を細らせ,チーム内の孤立を深めてしまうのです。

2.自己開示の返報性:人は「弱さ」を共有されたときに安心しやすい

では,なぜリーダーの完璧さがチームを硬直させやすいのでしょうか。
心理学では,自己開示は相互的に促進されやすく,また自己開示は対人関係における好意や信頼感の形成と関係することが示されています(Collins & Miller, 1994; Jourard, 1971)。

つまり,リーダーが自分の弱さや失敗談を隠し,分厚い鎧を着ている状態では,部下もまた自分の鎧を脱ぐことが難しくなります
逆に,リーダーの側から「実はこの件,どう進めればよいか迷っていて」「最近,少しタスクが溢れていて苦しいんだよね」といった自己開示がなされたとき,部下は初めて「ここでは完璧でなくてもよいのかもしれない」「自分も悩みを相談してよいのかもしれない」と感じやすくなります。

また,Brown(2012)は,自らの弱さや傷つきやすさを認め,それを他者との関係の中で引き受けることが,恥や不安を乗り越え,深いつながりや創造性につながると論じています。
弱さを見せることは,リーダーシップの欠如ではなく,むしろ信頼関係を築くための重要な実践として捉えることができます。

3.職員室を救った,あるベテラン教員の「実は私も悩んでいる」という一言

この「弱さを開示するリーダーの強さ」は,私が長年関わってきた学校の職員室や,全国の教員向け研修の現場でも,同様に観察されます。

学校の職員室は,ある意味で企業のオフィス以上に「強さ」が求められやすい職場です。
「教師たるもの,どんな生徒でも毅然と指導できなければならない」という暗黙のプレッシャーがあり,特に若手教員は「クラス運営がうまくいっていない」とSOSを出すことを強くためらいがちです。

ある中学校で,若手教員たちが次々とメンタル不調に陥りかけていた時期がありました。
そのとき,職場の空気を大きく変えたのは,誰よりも指導力があり,皆から尊敬されていたベテランの学年主任の一言でした。

学年会議の席で,その主任はふとため息をつき,「実は今,A君との関係づくりで本当に悩んでいて,私の対応が行き詰まっているんです。誰か,よいアイデアやアドバイスをもらえませんか」と,自身の「弱み」を率直に開示したのです。

その瞬間,張り詰めていた職員室の空気がふっと緩むのがわかりました。
「あの完璧に見える主任でも悩むのだ」という事実が,若手たちの鎧を脱がせたのです。
それを機に,「実は私のクラスでも……」と,若手教員たちが次々と本音で相談を始めました。

主任は,若手教員の性格を変えようとして「もっと相談しなさい」と説教したわけではありません。
リーダー自身が「かかわり方を少し変える」,すなわち自分の弱さを適切に開示するだけで,職員室は「一人で抱え込む場所」から,互いの弱さを補い合う「ピアラーニング(学び合い)」の場へと変わっていったのです。

4.「強いリーダー」を降りて,私たち自身のかかわり方を少し変える

ビジネスの現場で「部下が本音を言ってくれない」と悩むとき,どうか部下の心を無理にこじ開けようとしたり,ご自身のマネジメント能力を必要以上に責めたりしないでください。

私たちにできる比較的有効なアプローチは,相手を変えることよりも先に,リーダーである私たち自身の「かかわり方を少し変える」ことです。
「何でも知っている強いリーダー」という役割から,一度だけ少し降りてみるのです。

たとえば,ミーティングの冒頭で「昨日のプレゼンはうまくいかなくて,少し落ち込んでいるんだ」と率直に話してみる。
新しいプロジェクトのキックオフで「実はこの分野はあまり詳しくないから,みんなの力を貸してほしい」と頼ってみる。
そうしたリーダーの小さな自己開示が,「ここでは分からないと言ってもよい」「助けを求めてもよい」というメッセージになり,心理的安全性の土壌を耕していきます(Edmondson, 1999)。

弱音を吐けないリーダーから,弱さでつながれるリーダーへ
その勇気ある一歩が,多様な意見や失敗,そして個人の弱ささえも受け止められる,しなやかで強い組織をつくる原動力になるのです。

参考文献

  • Brown, B. (2012). Daring greatly: How the courage to be vulnerable transforms the way we live, love, parent, and lead. Gotham Books.
  • Collins, N. L., & Miller, L. C. (1994). Self-disclosure and liking: A meta-analytic review. Psychological Bulletin, 116(3), 457-475. 
  • Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
  • Jourard, S. M. (1971). Self-disclosure: An experimental analysis of the transparent self. Wiley-Interscience.

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