関係性をリデザインする要素①:誰もが意見を言える「安全」と「対話」を職場でどう担保するか

皆様,こんにちは。
本連載もいよいよ最終章である第4章「実践・結論編:リーダーの新しい役割と,これからの組織」へと入ります。
これまで,若手の離職や職場の孤立を防ぐためには,個人のメンタルや性格を変えようとするのではなく,人と人の「関係性のデザイン」へとパラダイムシフトする必要があるとお話ししてきました。
では,具体的にその「関係性」をどうデザインしていけばよいのでしょうか。
私は臨床心理や教育現場での長年の経験から,人が孤立せずに力を発揮できる場には,5つの要素(安全・対話・役割・承認・共通目的)が不可欠だと考えています。
今回はその土台となる2つの要素,「安全」と「対話」を職場でどう担保するかについてお伝えします。
「会議で誰も発言してくれない」「1on1をやっても表面的な会話で終わってしまう」と悩むリーダー,マネージャーの皆様へ,明日からできる実践的なヒントをお届けします。
1.「話しやすい空気」は自然にはできない。「安全」という土台が「対話」を生む
結論から申し上げます。
職場で活発な「対話」を生み出すためには,部下のコミュニケーション能力を高めようとしたり,「もっと積極的に発言しよう」と促したりしても意味がありません。
対話は,その職場に「心理的な安全」という強固な土台が意図的に担保されて初めて,自然と湧き上がってくるものだからです。
多くのリーダー,マネージャーは,「対話」を増やせば「安全」なチームになると思い込み,雑談タイムや会議の回数を増やそうとします。
しかし,順番が逆なのです。
「何を言っても拒絶されない,評価を下げられない」という安全が担保されていない場に人を集めても,そこで交わされるのは当たり障りのない報告か,沈黙だけです。
2. 大人が本音を語るための絶対条件,「心理的安全性」のメカニズム
なぜ,大人は安全が担保されていないと対話を閉ざしてしまうのでしょうか。
組織行動学者のウィリアム・カーンは,人が職場で自分自身をフルに発揮して業務に関与する(エンゲージメントを高める)ための心理的条件として,「意味のある仕事(meaningfulness)」,「心理的安全性(psychological safety)」,「仕事への活用可能性(availability)」の3つを挙げました。
そのうち心理的安全性を「自己のセルフイメージや地位,キャリアに対するネガティブな結果を恐れることなく,自分自身を表現し,業務に没頭できる感覚」と定義しました(Kahn, 1990)。
つまり,カーンが語った心理的安全性は,本来「個人が職場で自分の本音や弱さを出せるかどうか」という個人レベルの心理状態として提唱されたのです。
しかし,この概念を「職場の対話」や「チームの行動」として語る文脈では,カーンの個人レベルの議論を,チームレベルで「チーム特性」として再定式化したエイミー・エドモンドソンの研究がよく参照されます。
エドモンドソンは,心理的安全性を「チームに対する相互信頼の礎の上に,チームメンバーが対人リスク(発言・質問・ミス報告)を取っても安全であるという共有された信念」と定義し,それがチームの学習行動や創造性を規定することを実証しました(Edmondson, 1999)。
この延長で理解すると,私たち大人は「これを言ったら無能だと思われるのではないか」「上司の機嫌を損ねるのではないか」というリスクを常に計算して生きています。
このリスク(恐怖)が存在する環境下では,人は無意識のうちに自己防衛モードに入り,自分の本音や斬新なアイデア,あるいはミスを隠すようになります。
個人の性格が内向的だから意見を言わないのではなく,「意見を言わない方が安全である」とシステムが教えているのです。
したがって,対話を生むためには,個人の心ではなく,環境から「恐怖」を取り除く設計が不可欠となります。
3.「いつでも相談して」と言う上司のもとに,誰も相談に来ない理由
あるリーダーが次のように言っていました。
「私は『ドアはいつでも開いているから,何でも相談してね』と日頃から部下に伝えています。それなのに,トラブルが大きくなるまで誰も報告してこないんです。うちの若手は本当に報連相ができない」。
しかし,部下たちの話を聴くと,景色は全く違っていました。
部下が勇気を出して「実は少し業務で行き詰まっていまして…」と相談を持ちかけた際,そのリーダーは即座に「なぜそうなったの?」「もっと効率よくやらないとダメじゃないか」「こうすればいいんだよ」と,良かれと思って「正論のシャワー」と「解決策」を浴びせていたのです。
これは,同調圧力が強く,評価が固定化されやすい「学校」という閉鎖的な組織でも全く同じことが起きます。
「みんなの意見を聞かせて」と言いながら,生徒が少しでも的外れな発言をすると,教師が「うーん,それはちょっと違うね。他に正解が分かる人?」と切り捨てる。
マジョリティの正解に無理やり同化させようとする「包括(インテグレーション)」の空間では,生徒は二度と口を開かなくなります。
ビジネスの現場でも同じです。
「いつでも相談して」と言いながら,いざ相談されると,相手の言葉を最後まで聴かずに自分の意見で上書きしてしまう。上司に悪気は全くなく,むしろ「早く解決してあげたい」という善意からの行動なのですが,このかかわり方が部下から「安全」を奪い,対話のドアを力強く閉ざしているのです。
4. 相手を変えるのではなく,私たちの「かかわり方を少し変える」
「部下が本音を言ってくれない」と悩むとき,どうか部下の積極性のなさや,コミュニケーション能力を責めないでください。
そして,部下を変えようとする苦しいマネジメントから降りてください。
私たちにできるのは,相手の性格を変えることではなく,私たちの「かかわり方を少し変える」ことです。
例えば,部下が相談に来たとき,解決策を言いたくなるのをグッとこらえ,「最後まで口を挟まずに聴く」というルールを自分の中にデザインしてみてください。
これは,クライアント中心療法を提唱した Carl Rogers が「無条件の肯定的関心(unconditional positive regard)」と呼んだ態度――相手の評価や裁量を保留したまま,まずは相手の内面をそのまま受け止めようとする聴き方――と重なります(Rogers, 1951)。
あるいは,会議で誰かが意見を言ったとき,その内容の良し悪しをジャッジする前に,まず「意見を言ってくれてありがとう」と受け止める。
まとまらない意見でも,「今,考えながら話してくれているんだね。続けてみて」と促す。
このように,完璧な正解だけを求めるのではなく,迷いや弱さを持ったままの相手の存在を受け入れる「包摂(インクルージョン)」の場を作ること。
ほんの数秒,私たちが「待つ」「受け止める」というかかわり方に変えるだけで,職場に「安全」が生まれ,やがてそれは,チームを前進させる力強い「対話」へと変わっていくのです。
次回は,関係性をリデザインする要素の「役割」と「承認」について,人が自律的に動くための居場所の作り方をお伝えします。
引用・参考文献
- Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
- Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of Management Journal, 33(4), 692–724.
- Rogers, C. R. (1951). Client-centered therapy: Its current practice, implications, and theory. Houghton Mifflin.


