組織の枠を越えることでキャリアが開ける。自律性を高める「越境学習」のすすめ

皆様,こんにちは。
前回は,人が自律的に動くための「役割」と「承認」の与え方についてお話ししました。
チーム内に安心できる居場所を作ることは,マネジメントの基本中の基本です。

しかし,チーム内の居心地が良くなり,結束が強まる一方で,新たな悩みを抱えるリーダー、マネージャーの方も少なくありません。
「チームの雰囲気は良いが,新しいアイデアが出てこない」
「若手が今の環境に満足してしまい,成長が止まっている気がする」

また,優秀な若手が「外の世界を見てみたい」と言い出したとき,「このまま他部署や他社へ転職してしまうのではないか」と不安になり,無意識のうちに自分のチーム内に囲い込もうとしてしまうこともあるでしょう。

今回は,自律的な成長を促すために,あえてチームの「外」へ目を向ける,「越境学習」の重要性について紐解いていきます。

1.優秀な人材は「囲い込む」のではなく,「越境」を促した方が育つ

結論から申し上げます。
部下の成長や定着を考えるとき,自部署や自社の枠組みの中に人材を囲い込むアプローチは,長期的には機能しにくいものです。
むしろ,組織の境界線を越え,異なる価値観や実践に触れる機会を意図的に設計することが,自律的でしなやかな人材を育てるうえで重要です。

同じメンバー,同じルール,同じ業務プロセスという「閉じたシステム」の中に長く居続けると,人は安心感を得る一方で,どうしても思考が固定化しやすくなります。
「ここではこれが当たり前だ」という暗黙の前提が強くなり,問い直しや試行錯誤が起こりにくくなるからです。

だからこそ,リーダーには内側の安定を整えるだけでなく,外側との接点をつくる役割が求められます。
人を守ることと,人を閉じ込めることは違うのです。

2.異なる世界との摩擦が,大人の学びを深くする

では,なぜ組織の枠を越えることが,大人の成長にとって重要なのでしょうか。

この点を考えるうえで参考になるのが、エンゲストロームの拡張的学習(expansive learning)の議論です。
彼は,学習や変化は一つの活動システムの内部だけで完結するのではなく,複数の活動システムのあいだにある矛盾や緊張関係のなかで生じると論じました(Engeström, 2001)。

また,境界をまたぐ学びに関する研究レビューでも,境界を越える経験それ自体が学習の契機になることが整理されています(Akkerman & Bakker, 2011)。

人は,自分の常識がそのままでは通用しない場に出たとき,「えっ,そんなやり方があるのか」「自分の当たり前は,当たり前ではなかったのか」という感覚に出会います。

この違和感や摩擦こそが学びの出発点です。
外の世界の知見と,もともと自分がいた世界の知見を行き来しながら,新しいやり方を組み立てていく。
このプロセスが,大人の学びを“連続的な慣れ”ではなく,“非連続な成長”へと変えていくのです。

したがって,リーダーが部下を過度に囲い込み,摩擦や越境の機会を減らしてしまうことは,部下から成長の契機そのものを奪ってしまうことにもなりかねません。

3.越境経験は,閉塞感を破り,自信と提案を生み出す

この「囲い込み」による停滞と,「越境」による変化は,私がキャリア相談の現場で見てきたこととも重なります。

たとえば,「今の部署に長くいて,自分のスキルが他で通用するのか不安です。毎日がルーティンで息苦しい」と語る中堅社員は少なくありません。
こうした人のなかには,上司から高く評価される一方で,『この部署に必要な人だから』という理由で,他の経験機会を与えられていないケースがあります。

そのようなとき,社外の勉強会,異業種交流,プロボノのような場に一度出てみると,自分のスキルが別の文脈でどう通用するのかが見えてきます。
すると,閉塞感だけでなく,自己効力感も変わってきます。
役割移行の過程では,人は新しい自己像を試しながら適応していくことが示されていますが(Ibarra, 1999),越境の場は,まさにその「試しながら学ぶ」機会になりやすいのです。

これは,学校現場でも同じです。
学校は,協働が不可欠な組織である一方で,同質性が強まりやすく,内輪の常識が固定化しやすい場でもあります。
そうした環境では,新しい教育実践やマネジメントの工夫が出にくくなることがあります。

一方で,地域の企業経営者と対話したり,他校の教員と学び合ったり,校外の研修や実践共同体に関わったりしている教師は,外の視点を持ち帰り,自校の実践を相対化しながら改善していくことができます。
越境は,組織への忠誠を弱める行為ではなく,組織に新しい知恵を持ち帰る行為でもあるのです。

4.リーダーが変えるべきなのは,相手ではなく「かかわり方」

では,部下が外の世界に関心を持ち始めたとき,リーダーはどう関わればよいのでしょうか。

大事なのは,相手をコントロールしようとしないことです。
私たちリーダーにできるのは,相手の行動そのものを縛ることではなく,私たち自身の「かかわり方を少し変えること」です。

たとえば,部下が「他部署のプロジェクトを手伝ってみたい」「社外のセミナーに行ってみたい」と言ってきたとき,それを自部署への裏切りと捉えないことです。

むしろ,
「ぜひ行ってきてください。そこで得た学びを,このチームにも持ち帰ってください」
と送り出す。
この一言があるだけで,越境は単なる個人行動ではなく,チーム全体の学習機会に変わります。

さらに重要なのは,外から持ち帰られたアイデアを,「うちのやり方とは違う」と反射的に退けないことです。
違いを脅威ではなく,学習資源として扱えるかどうかが,リーダーの器の見せどころです。

マジョリティの常識に無理に同化させるのではなく,外からの新しい風を受け止め,チームの知恵として編集し直す。
そうした包摂的な土壌がある組織こそ,結果として,優秀な人材から「ここで働き続けたい」と思われやすくなります。

次回は,こうした関係性のデザインを実践していくにあたり,リーダー自身がどのようなスタンスを取るべきか,「管理する人」から「つなぐ人」への転換についてお話しします。

引用文献

  • Akkerman, S. F., & Bakker, A. (2011). Boundary crossing and boundary objects. Review of Educational Research, 81(2), 132–169.
  • Engeström, Y. (2001). Expansive learning at work: Toward an activity theoretical reconceptualization. Journal of Education and Work, 14(1), 133–156.
  • Ibarra, H. (1999). Provisional selves: Experimenting with image and identity in professional adaptation. Administrative Science Quarterly, 44(4), 764–791.

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