アメとムチは悪ではない。外発的動機づけ(評価)を、彼ら自身の価値観へと「内在化」させるステップ
「指示待ち若手」はなぜ生まれるのか?〜教育心理学者が読み解く、学校から職場への「学習OS」アップデート〜(全20回)

「会社が用意したオンライン研修。受講必須だからと案内したら、『これって評価に関係しますか?』と真っ先に聞いてきた」
「資格を取るように促すと、『資格手当はいくらつきますか?』と金銭的なメリットばかり気にする」
「研修レポートも、合格ラインギリギリの文字数でしか提出してこない」
自己成長のために、もっと純粋な気持ちで学んでほしい。
それなのに、今の若手はタイパ(タイムパフォーマンス)や目先の損得ばかりを気にしている……。
新人を直接受け持つリーダーやマネージャー、育成担当の方々は、こうした「打算的で、内発的なやる気を感じられない若手」の姿に直面し、「どうすれば彼らに、自ら学ぶ意欲(内発的動機づけ)を持たせられるのだろうか」と頭を悩ませています。
ビジネス書を開けば、「アメとムチ(報酬と罰)で人を動かす時代は終わった」「これからは内発的動機づけ(仕事そのものの楽しさ)を引き出せ」と書かれています。
しかし、日々の退屈なルーティン業務や、会社から強制されたコンプライアンス研修に対して、若手に「心から楽しんで(内発的に)学べ」と要求するのは、あまりにも現実離れしています。
今回は、若手が「評価や損得」にこだわる理由を学校教育の文化から見立て、ビジネスの現場で極めて有効な「動機づけの育て方」を解説します。
1.【事例と見立て】「評価されない努力は無駄」という、学校OSの最適解
あなたの部署に配属された2年目のCさんの事例です。
全社で推奨されている「DX基礎スキル」のeラーニング受講期間が始まりました。
あなたはCさんに「今後の業務に絶対役立つから、時間を見つけて受講しておいて」と声をかけました。
しかし、数週間経ってもCさんの受講率は0%のままです。
あなたが「なんでやってないの?」と尋ねると、Cさんは「すみません、今の通常業務で手一杯で……。ちなみにあの研修って、未受講だとボーナスや査定に響くんでしょうか?」と尋ねてきました。
「いや、直接は響かないけど、自分の成長のためだよ」とあなたが答えると、Cさんは結局、受講期限の最終日に、動画を早送りして(あるいは別の作業をしながら)修了テストだけをパスし、形だけの「受講完了」マークをつけました。
このCさんの態度を、「成長意欲がない」「損得勘定ばかりの打算的な若者だ」とアセスメント(見立て)してしまうと、「最近の若者は」と愚痴をこぼすしかなくなります。
教育心理学の視点から見立てると、Cさんは「テスト文化が培った『究極のコストパフォーマー』」です。
彼らが受けてきた学校教育は、「内申点」や「偏差値」という外発的動機づけ(アメとムチ)によって極限まで管理された世界でした。
そこでは、「テストに出ない範囲(評価されないこと)」をいくら深く勉強しても、志望校には合格できません。
限られた時間とエネルギーを「評価されること(点数)」だけに全振りし、評価されないことは効率よく切り捨てる。
それこそが、厳しい受験戦争や就職活動を勝ち抜くための、彼らなりの「正しい生存戦略(学習OS)」だったのです。
Cさんは決して怠惰なのではなく、あなたが提示した研修に対して、「評価に繋がらないなら、リソースを割くのは非合理的だ」と、学校で学んだOSに従って極めて優秀に計算しただけなのです。
2.【理論とエビデンス】「外発」と「内発」の二項対立を捨てる(自己決定理論)
「評価のためにしか動かない彼らに、どうやって内発的動機づけ(純粋な学ぶ喜び)を持たせればいいのか?」
実は、この上司の問い自体が、心理学的に少しズレています。
動機づけ研究の世界的権威であるエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論(Self-Determination Theory)」によれば、人間のやる気は「外発(やらされ)」か「内発(やりたい)」かの単純な二項対立ではありません。
外発的動機づけの中にも、自律性のグラデーション(内在化のプロセス)が存在します(Ryan & Deci, 2000; Ryan & Deci, 2017)。
- 外的調整:怒られるから、ボーナスが欲しいからやる(完全なアメとムチ)。
- 取り入れ的調整:やらないと罪悪感がある、恥をかきたくないからやる(プライドや不安)。
- 同一化的調整:面白くはないが、自分のキャリアや目標にとって「重要だ・価値がある」と納得しているからやる。
- 統合的調整:その行動が、自分の生き方やアイデンティティと完全に一致しているからやる。
- 内発的動機づけ:その行動そのものが純粋に楽しくてたまらないからやる。
企業が提供する業務や研修の多くは、本人が望んでいない「外発的(1の状態)」からスタートするのが当たり前です。
それをいきなり「5(純粋に楽しめ)」にするのは不可能ですし、する必要もありません。
マネージャーが目指すべき現実的な伴走は、1の「評価のためにやる」という状態から、3の「同一化的調整(面白くはないけど、自分にとって意味があるからやる)」という状態へと、彼らの中で価値を「内在化(納得)」させるステップを手伝うことなのです。
- ★エビデンス:自己決定理論(SDT)の「内在化(Internalization)」のプロセスは、教育現場や組織行動論において膨大な実証データを持つ強力な理論です。40年分のメタ分析では、内発的動機づけが高いパフォーマンスを予測する一方で、外部報酬(アメとムチ)にも独自の効果があり、両者は対立ではなく併存しうることが示されています(Cerasoli et al., 2015)。また労働場面のメタ分析でも、十分に内在化された動機づけをもつ人ほど、高いパフォーマンスと良好なウェルビーイングが維持されることが分かっています。アメとムチは「悪」ではなく、そこからどう内在化させるかが勝負なのです。
3.【明日からできる実践】「意味の伝達」で価値を自分ごと化させる
では、若手の「評価されますか?」という打算的な問いに、現場のリーダーやマネージャーはどう答えるべきでしょうか。
「評価のためじゃなく、自分のためにやれ!」と説教するのは、1からいきなり5を求めるNG対応です。
彼らの「評価(損得)を重んじる学習OS」を一旦リスペクトした上で、その研修が彼らの個人的な目標にどう接続するのか、論理的に「意味の伝達(Meaningful Rationale)」を行うことが必要です。
実際、行動の個人的な理由づけ(rationale)を丁寧に伝えると、価値の内在化が促進されることが実験で示されています(Deci et al., 1994)。
シチュエーション: 会社指定の必須研修に対して、「これって評価に響きますか?(やる意味ありますか?)」と聞いてきた若手への対応。
❌ 【古いOSを否定し、精神論を押し付ける指導】
- 上司の言葉:「いちいち評価とか損得ばかり気にするなよ。社会人なんだから、自分のスキルアップのために自主的に学ぶのが当たり前でしょ!」
- 若手の内面:(評価されないのに『自主的にやれ』というのか。ただの会社の都合(やりがい搾取)じゃないか。適当に流しておこう)
- 結果:価値の内在化が起きず、最も質の低い「外的調整(怒られない程度に手を抜いてやる)」の状態に留まります。
⭕️ 【個人の価値観と接続し、同一化的調整へ導く伴走】
- 上司の言葉:「気になるところだよね。正直に言うと、これを受けただけで直接の査定やボーナスが上がるわけじゃないんだ(事実を誠実に伝える)。でもね、Cさんは将来、マーケティングの部署に行きたいって言っていたよね。このDX研修でデータ分析の基礎言語を理解しておけば、来年マーケティング部への異動希望を出すときに、強力なアピール材料になると思うんだ。Cさんのこれからのキャリアを広げる『武器』になると思うから、勧めているんだよ(意味の伝達)」
- 若手の内面:(なるほど、直接のボーナスにはならないけど、自分の希望するキャリア(目標)を叶えるためには、この退屈な研修にも「意味」があるんだな)
- 結果:「やらされる研修(外的調整)」が、「自分の目標達成に必要な行動(同一化的調整)」へと内在化(自分ごと化)され、動画を早送りせずに自律的に学び始めます。
4.【結論】「やりたいこと」でなくても、人は自律的に学べる
学校のテスト文化をくぐり抜けてきた若者たちは、限られた時間とエネルギーをどこに投資すべきか、常に「意味」をシビアに見定めています。
それは「やる気がない」のではなく、彼らなりの「真面目さ」の裏返しです。
「アメとムチ(評価)」を気にする彼らを、どうか嘆かないでください。
「仕事なんだから、面白くなくてもつべこべ言わずにやれ」という押し付けや、「仕事の楽しさを見つけろ!」という過度な内発的動機づけの強要は、どちらも彼らの心に届きません。
リーダーやマネージャーの役割は、目の前の退屈な業務や研修と、若手自身の個人的な目標(キャリア、大切にしている価値観)との間に、「橋」を架けてあげることです。
「この仕事は、あなたの未来の〇〇に繋がっているよ」
その「意味」が腹落ち(内在化)したとき、彼らは「評価」という外付けのエンジンがなくても、自分の意志で力強く走り始めるのです。
【引用文献】
- Cerasoli, C. P., Nicklin, J. M., & Ford, M. T. (2015). Intrinsic motivation and extrinsic incentives jointly predict performance: A 40-year meta-analysis. Journal of Management, 41(4), 965–1007.
- Cerasoli, C. P., Nicklin, J. M., & Ford, M. T. (2014). Intrinsic motivation and extrinsic incentives jointly predict performance: A 40-year meta-analysis. Psychological Bulletin, 140(4), 980–1008.
- Deci, E. L., Eghrari, H., Patrick, B. C., & Leone, D. R. (1994). Facilitating internalization: The self-determination theory perspective. Journal of Personality, 62(1), 119–142.
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. Guilford Press.

